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【アラベスク】  第8章 荊の城



第2節 鰯のそらと蝉のかぜ [18]




 もし私があの二人に言い寄られたら、私だったらもっと丁寧に対応するわ。
 そうよ。私だったら、例え相手の気持ちを断るにしたって、あんなふうに邪険に接したりはしない。
 もっと優しく、もっと(あつ)く…
「無愛想って言うより、天邪鬼かな」
 小童谷は相変わらず前を向いたまま。
「素直じゃないね。女の子はもっと、素直な方がいい」
 そう言って突然首を捻り、緩を見下ろす。
「ねっ?」
「え?」
 奥二重の瞳は優しい。だが緩は、その黒く深い二つの光が自分を射抜いているように感じて、言葉を失った。
 自分の部屋を、覗かれているような気がする。
 まさかっ
 絶句する緩に目を丸くする小童谷。
「どうしたの?」
「えっ いえ」
 まさかと思いつつもなぜだか居心地が悪く、思わず視線を逸らしてしまう。
 そんな態度を怪訝に思いつつ、小童谷は深入りはしない。
「そう?」
 並んで歩く二人の姿を、遠巻きに盗み見る唐渓生が二人。
 途端に広がる優越感。
 小童谷は顔が広い。
 その容姿だけでも十分魅力的だし、加えて素性も華やかだ。
 父はイギリスの有名製茶会社の重役。母はイギリスでガーデニングを学び、日本でもたびたびメディアに取り上げられる人気のグリーンアドバイザー。
 廿楽の親戚であることも知られている。
 唐渓でも上流生徒。お近づきになりたい生徒トップ5には入るだろう。
 そんな生徒と並んで歩く自分。
 どんどん膨らむ優越感。
 ダメよ 緩。
 もう一人の自分が嗜める。
 あなたはそんな傲慢な人ではないはず。もっと謙虚に振舞わなくては。
 わかってるわよ。私は義兄みたいな素行横暴な人間じゃない。
 それに私、小童谷先輩は好みじゃないの。なんて言うの? なんとなく他人を翻弄して楽しむタイプって言うか、退屈はしなさそうだけど、気が休まらなさそう。
 包容力が足りないのよね。
 言い聞かせ、胸に広がる優越を押し込め口を開く。
「それにしても、山脇先輩のお母様の事、よくご存知でしたね」
「あぁ」
 なんでもないと言いたげな声。
「ひょっとして、山脇先輩とお知り合い?」
「いや」
「じゃあ」
 食い下がる緩に立ち止まり
「君が関わるような事柄ではないよ」
 まるで幼子を宥めるような口ぶり。なんとなく、納得できない。
「でも」
「あまり我侭を言うと、協力してやらないよ」
「え?」
「華恩の信頼、取り戻したいんだろう?」
「うっ」
 それはもちろん
「だったら、俺の機嫌を損ねちゃダメだよ」
「はぁ」
「大丈夫。アイツは俺が必ず華恩のところまで連れて行くよ。だからね、君は黙って見ていればいい」
「見ている、だけ?」
「そう、見ているだけ」
「でも前は、私の協力が必要だって」
 そう、確かに小童谷はそう言ったのだ。緩の協力が必要だと。
 あの日。帰国の挨拶と称して生徒会副会長室に現れた彼は、華恩へお茶会を提案した後、緩に告げた。
「華恩の信頼を取り戻したいんだろう? だったら、もちろん俺に協力してくれるよね?」
 緩は迷わず頷いた。
 当然だ。華恩の信頼を回復することができるなら、犯罪スレスレの行いだって引き受けて構わないとすら思っている。







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